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我が名はデスザウラー 3 [小説]

 我が名はデスザウラー。破壊の魔龍、死の権化。

 だが、我にも死が迫っていた。水平線の彼方から。
 水平線が白い筋に変わっている。波が高く立ち上がっているらしい。十分ほど前、沖に落ちた巨岩があった。察するに、それで海がせり上がったのだ。
 あの高波は命を持たぬ。落ちてきた空と同じく。
 海は命ではない。月も空も。
 だったらあの大波は、死だ。
 海は死だ。月は死だ。落ちてきた星も死だ。この宇宙は死そのものだ。
 命とは、我であり、レオンであり、小さき同胞であり、黒いちびすけでありーーー。
 我々は、無慈悲で、気紛れで、絶望的な死の上で、生きようともがく者であった。
 だからあの波は、恐ろしいものだ。大地を飲み込み、我らを押し流し、死の底へ連れていくだろう。

 レオン。レオン。恐ろしい。
 カーラと呼んでくれ。レオン。
 我もお前を呼びたい。
 レオンはもういない。
 我を呼ぶ声は、もうない。
 我が名はカーラ。
 いや、我を呼ぶ声が無くなったのなら最早、我はカーラではない。
 我はもういない。
 絶望の中、明瞭にそこにあるのは孤独だけ。
 
 大波が迫りくる。
 レオンを、我を飲み込もうと。
 来るな。大波め。我は死竜ぞ。
 同族の一体が、波に向けて「死の雄叫び」を放つ。
 そうか、よし。我も。
 我は残った力を振り絞った。
 我の背に穿たれた大穴が、星の大気を吸い込む。赤気(オーロラ)が光の筋を成し、我の背へと集まる。集まった光の粒子が、我の唸りと共に膨大な力を蓄えてゆく。
 首筋から光の粒子が漏れ出すのを合図に、我は狂暴なる力線を死の雄叫びとともに放出した。
 閃光は海を割り、波を砕いた。波は激しい水柱となり、厚い霧のカーテンとなった。
 しかし、それはせり上がる海の端を霧散させたに過ぎなかった。大波は絶えることなく後から押し寄せる。雄叫びが消した波の一部もまた、埋め戻されていった。

 そのとき、声が聞こえた。
 黒き大地の民々が、涙に潤んだ目でこちらを見ているのがわかった。母に抱かれた、人間の少女が、叫ぶ。
「がんばれ!」と聞こえる。 
「がんばれ!デスザウラー!」
「デスザウラー!」
 今、呼んだのか。我らを呼んだか。
「デスザウラー!」
「デスザウラー!」
 我は立ち上がった。
 レオン。おおレオンよ。
 我はお前たちの言葉を正しくは判らぬ。
 だが、その声は、お前が我を呼ぶ「カーラ」の名と、似た響きに感じられた。
 恐怖でなく、邪気でなく、敵意でない。
 我を慕い、我を求め、求め、求め、我をただ求めている。
 ああ、そうだ。
 我らは、求められて生きている。
 赤い大地の同胞達も、レオンも、我も。
 そこにいていいのだと。
 そこにいてほしいのだと。
 それは、何と言ったかな、レオン。人間の言葉で。
 何だか、ふわふわとした、捉え処のない言葉だったから、覚えておらぬのだ。思い出せぬのだ。
 だが、お前は、故郷の赤い大地に、エレナ王女に、エルマに、その言葉を使っていたな。
 そして私にも。
 レオンよ。何だったかな。
 レオンよ。
 我は海を押し戻すため、幾度も幾度も、レオンの名を咆哮した。

 求めに応じ、海辺に倒れ伏す同族達が、立ち上がっては「死の雄叫び」を放った。そして、放っては頽れ、またにじり立った。
 高波は、消えては押し寄せ、押し寄せては消えた。
 それがいつまで続いたのかは知らぬ。
 力尽きていく同族が二度と起き上がらなくなるたび、大地に迫る波が押し戻されるたび、これでよいのだとわかった。
 死の竜の一族は、その最期を生ある者へと貢ぐ。
 人間よ。帰れ、家に。お前たちの在るべき場所に。
 我が名は、カーラ。
 我が名はデスザウラー。

 その時、我らは、「死」ではなくなった。

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