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24の謎 [博物館]

1,「24」?

 「24ゾイドとは何か」、と問われれば、大抵の戦史マニアは「ゴーレム」や「デスピオン」、「メガトプロス」といったゾイドを思い浮かべることができる。だが、「何故その名で呼ばれるのか」について正しく答えられる者はいない。何故なら、その由来がはっきりしないからである。
 「ツーフォー(24)ゾイド」という呼称は、もちろんコードネームである。少年達に親しまれた模型のサイズが1/24スケールであったのは有名だが、惑星Ziにおいては当然「24」という名称が先に存在したのであって、決して玩具から生まれた名称ではない。呼び名だけは広く認知されている。なのに、その意味を知る者は恐らく存在しない。そんな戦史上のミステリーが、「24ゾイド」という名称である。


2,24ゾイド登場の歴史

 古来、ゾイドが勝敗を決する戦場において、ゾイドのパイロットは「ライダー(騎士)」と呼ばれ、尊敬された。地球人が戦闘ゾイドを量産し、大規模戦闘が行われるようになってからもそれは同様であった。しかしその裏に、かつて尊敬を集めたが、後にその数を減らし、後継者の不足に悩むこととなった職業がある。「ハンター(狩人)」である。
 「ゾイド狩り」は、かつての惑星Ziにおいて、使役するべき野生ゾイドを捕獲する生業として、「ゾイド乗り」よりも希少で、社会的に重要な地位を得ていた。野生ゾイドを捕獲するためのテリトリー「タイガーゲージ(火族)」や「メタロゲージ(風族)」「メトロゲージ(地底族の一部)」を始めとする群生地は、彼ら「ハンター」の縄張りであった。彼らの狩りの技術は口伝でのみ伝えられ、初めは家畜ゾイドの捕獲からその道に入り、一人前になるに従って、ドラゴンホース等の戦闘用ゾイドへと捕獲対象を移していった。大型ゾイド等は、ハンターが個人で捕獲できる存在ではなく、必ず集団で捕獲に当たった。ハンターの村から発見された古い文献の記録によると、小型ゾイドレベルでも一族総出、中型ゾイドなら集落総出、大型ゾイドは「組合」総出で捕獲を行ったという。
 彼らハンターは、地球人がもたらしたゾイド培養技術の進歩によって、必要とされなくなっていった。生き残りのために、彼らは野生ゾイド狩りの技術を生かし、軍隊内で特殊な任務に就いた。「ゾイド対ゾイド」の戦闘で敵ゾイドを倒すのでなく、ゾイドの弱点を巧みに突き、「ゾイド対人間」の戦いで敵ゾイドを活動不能に陥れる特殊兵科「機獣猟兵」の誕生である。
 機獣猟兵は、時に戦闘工作・移動手段として、アーマードスーツやビークル(乗用機械)と共に超小型ゾイドを用いた。機獣猟兵を始めとする特殊作戦コマンド兵には、整備・補給部隊の存在を前提とした大型兵器より、兵士個人レベルでメンテナンスの行える装備が望まれたためである。超小型ゾイドを、「コマンドゾイド」と呼ぶのはそのためで、今でこそ機械化歩兵全般の装備となっているが、かつては捜索・偵察・戦闘工作・破壊工作といった特殊兵科での需要に供するために作られていた。(なお、「アタックゾイド」と呼ばれていた時期もあるが、これは「歩兵用対ゾイド攻撃ゾイド=Anti-zoid Attack Zoid for Infantry」の分かりにくい略称のようである。)特に有名なヘリック共和国の「ブルーパイレーツ」は、「海賊団」の名を冠している通り無頼揃いで、風族ハンターの罠や集団戦法を駆使してレッドホーン等の大型ゾイドをも手玉に取った。伝統技術重視の姿勢からか非常にプライドが高く、上官といえども尊敬できなければ従わない職人気質が滲み出た部隊だった。逆に、気質の合う者は喜んで迎え入れ、自分たちの技術を喜んで伝えたという。部隊外部から受け入れられた者の多くは、原隊では鼻つまみ者であったという事実は、同部隊の活躍を描いた少年向け漫画『無敵のブルーパイレーツ』でも知られるところである。
 これら超小型ゾイドは、整備に特殊な機材を必要とせず、レーダー等の捕捉を受けづらい上、コストも低い。これを運用する特殊コマンド兵の能力の高さと相俟って、優れたコストパフォーマンスを発揮した兵器であった。その戦果は、後に特殊部隊用高性能ゾイド「24ゾイド」の開発を促したと言われている。

3,「24」に関する諸説

 さあ、ここでついに表題である「24ゾイド」が登場する。
 ゼネバス帝国における最強の特殊作戦コマンド・仮面騎士団こと「スケルトン」が用いた超小型ゾイドが、歴史に登場した最初の「24ゾイド」である。(※ただし、戦線での使用に関しては、「スケルトン」発足前に実験的に行われていた記録がある。)
 「スケルトン」の用いる超小型ゾイドは、白い電波吸収素材で機体を覆い、神出鬼没のゲリラ戦・破壊工作を行った。首都が「白い街(大理石の街)」と呼ばれたゼネバス帝国において、究極の存在は「白」く塗られていることが多かった。「白い巨峰」カーリー・クラウツのアイアンコング然り、皇帝親衛隊のレッドホーン然り。ヘリック共和国への逆襲の一手であったゼネバス帝国究極のゾイド「デスザウラー」。その作戦行動支援部隊「スケルトン」で運用されるべく生み出された超小型ゾイド群もまた、「究極」への願いを込めて生み出された。
 「24」のコードネーム決定に関するエピソードには、複数の説がある。そのうちの一つに、この「究極」というキーワードに符合する説がある。金の純度をKの単位(Karat)で表した時、純金を表すのは「24」であるため、究極の部隊としてもっとも純粋な「24」を冠したとする説である。なお、ゾイド文字の「シロ」を崩して「24」と読ませたとする説もある。 

 第二の説として紹介したいのは、回復されたゼネバス帝国領内においてZAC2041年以降に貼りだされたポスターの文言を由来とする説である。デスザウラーを主力に据えた反攻作戦はバレシア湾上陸作戦(D-Day)から共和国首都攻略までの一連の流れを計画したものであったとされる。暗黒大陸において練られたその作戦は、周知のとおり成功を収め、ヘリック共和国首都は一度陥落することとなった。
 この反攻作戦のため元帝国領に貼りだされたポスターがあった。デスピオンやドントレス、ロードスキッパーに跨る装甲兵らを背景にしたポスターである。そこに英語で書かれたキャッチコピーが、「To return For the Empire(目指せ凱旋、帝国のために)」であった。「To」が「2」になり、「For」が「4」になったとされる。つまり、「24」の名は、ポスターを見た帝国民の内から自然発生的に生まれたというのだ。面白いことに,共和国においても反攻作戦時に「To Go For Broke!!(全てを賭ける!!)」の文言でプロパガンダが行われており、これも共和国24ゾイド配備時期と符合している。偶然の一致なのか、共和国の対抗心なのか。他説として、「Report to the police for spy」というのもあるが、こちらは「スパイ・コマンドを発見した場合に秘密警察に通報することを促すポスター」が元となっているようだ。

 第三に紹介するのは、開発思想の数字にまつわるものだ。新たに開発する超小型ゾイドに、当時の帝国科学技術者が求めていたものは、「疲弊しつつある状況の中でも生産可能で、なおかつ従来のゾイドを凌ぐゾイド」であった。何しろ、ドン・ホバート博士が開発した超大型ゾイド・デスザウラーには莫大な予算がつけられた。それに加えて、サポート用とは言え、新規大型ゾイドを新開発する余裕は、当時の帝国には無かったのである。
 そこで生まれた設計思想が、「コマンドゾイドのサイズで大型ゾイド1体に匹敵する価値を、そして従来の3倍の生産を」であった。代表的なコマンドゾイドとしてシルバーコングを同種の大型ゾイド・アイアンコングと比較してみると分かるが、コマンドゾイドのサイズ(全高)は、大型ゾイドの1/8程度であった。この大きさの機体に対し、従来の3倍相当数の生産ラインを確保する。そのために、同サイズのあらゆるゾイドを凌駕する性能を目指して、限られた施設で技術の粋を凝らした。事実、この時期以降の帝国ゾイドは、「恐竜的進化(巨大化)からの脱却」を目指したものが多い。24ゾイドはこの要請に「細部に凝らした技術の結晶」という形で答えようとしたのである。
 この設計思想の推進者が唱えた参謀の売り文句が、「もしこれが達成できれば、コストパフォーマンスは8倍、数は3倍。つまり、24倍の戦力となります。」であったという。

 最後に紹介するのが、先述の「ハンター」の知恵に基づく説である。ハンターがゾイドを発見した際に、腕を伸ばして掌をかざし、どの部分の長さに近いかでゾイドとの距離を測る技術がある。例えば、ガリウスが親指で隠れたら○○m、ゴジュラスが親指と人差し指を開いた長さだったら○○m、といったような、簡易測量である。
 実は、上記の測量では、どちらも相手までの距離は約70mとなる。このことから、地球人来訪以前のゾイドの代表格であったこれらのゾイドを、かつてハンター達は「セブンツー(72)」と呼んでいたという。その後、ハンターらは、同規格のゾイド全てをこの呼称で呼んだ。
 そして彼らの語り草の一つに、こんなエピソードがある。ある地球人の武器商人が、「攻撃3倍の法則」について語った。「戦闘において有効な攻撃を行うには、相手の3倍の兵力が必要となる」というものである。その時、それを聞いていた老練のハンターが冗談っぽく返した。「俺たちなら、3分の1で足りるよ。俺たち自身が3倍みたいなもんだから。」この逸話から、「セブンツー」の「3分の1」で「ツーフォー」という名称が生まれたのだと言う。

4,埋もれてしまった謎

 24ゾイドの名称に関する謎は、今日では解き明かされることのない謎となってしまった。研究者がどこを当たっても、今では「24に由来する玩具のスケール」という事実を発見するのみである。今回紹介した説も、確たる証拠のある学説ではなく、都市伝説的なもの、または後付けのこじつけに当たるものだと筆者は解釈している。優秀且つ有名な「24ゾイド」の名でさえ、貴重な資料や証言を散逸してしまう「戦争」という名の病の前では、風に吹かれて飛ぶ砂塵に過ぎない。


CAP [博物館]

環形動力電堆
Circuler Actuating Pile

1,概要
 環形動力電堆(略して「CAP」)とは、ゾイドの関節等の動力伝達に用いられている構造の一種である。大小様々であるが、多くのゾイドの特徴であり、時にゾイドの象徴として描かれる等、代名詞と呼んでもよいものであろう。ゾイドは野生体の時点でこの構造を有している。人間によりサイバネティクス化される際、共通規格のものに置き換えられるものの、飽くまでも元々ゾイドが持っていた器官を応用しているに過ぎない。
 電堆とは、金属板から電子を移動させて電流を発生させるために、電解質の液体に浸した2種類の金属板を積層する構造を指す。地球において、西暦1794年イタリアの物理学者ボルタによって発明され、その後「電池」として長く使用された。
 このCAP構造にゾイドコアを持つものを総じて「ゾイド」と呼んでいる。逆に言えば、サンドスピーダのようにゾイドコアを持たずCAPもないビークルなどは、ゾイドには数えられない。


2,構造
 ゾイドは関節部分に電流を発生させる器官として、また、それを用いて回転動力を得るための器官としての体構造を有している。電流を発生させるのは「ケース」と呼ばれる柔軟性を持つ組織であり、動力を得るための軸となる組織に覆いかぶさるように(見方を変えれば挿入されているように)なっている。
 円筒型のケースは魔法瓶のような中空構造を持つ。このケースの中には、電解質の酸性液体と数百層の薄い環形金属板がある。環形金属板は、ケース中に満たされた液体によって電離して電流を発生させるようになっており、まさに「電堆」と同様の仕組みである。環形金属板が完全に酸化してしまうと、CAPは機能しなくなり、酸化した金属を酸化していない金属と代謝させることで電堆が維持される。ゾイドは、炭素生物がタンパク質を体組織作りに利用するように、摂取した金属成分を体組織に置き換える。つまりゾイドにとっても摂食は、その体組織の維持が目的なのであるが、その大部分はこの「電堆」の維持に利用されるとみなされている。運動能力に優れた種のゾイドほど、多くの金属成分を摂取しなくてはならない。
 なお、ゾイドは、惑星Ziに生息する植物の表皮構造から金属成分を吸収できる種(草食ゾイド)と、動物の体組織から吸収できる種(肉食ゾイド)に分かれているが、より多くの金属成分を蓄積している「ゾイドそのもの」を捕食する種の方が運動能力が高い傾向がある。これは、電堆に代謝させることのできる金属量が多いためである。
 ブロックスゾイドに採用された「ブロックス」は、XYZ軸方向の3つのCAPを1つのブロックに組み込むという、超コンパクト化されたユニットである。その代わりにコアブロックス(人工ゾイドコア)自体の出力は大きくはなく、エネルギージェネレータを他のブロックスユニットに分散させている。(つまり、すべてのブロックスユニットがジェネレータの機能を有している。)ブロックスユニットを多く積んだ機体の方が強力なのは、このためである。

3,その他の用途
 CAPは電流を発生させるジェネレーターでありつつ、様々な役割を果たすものである。軸組織がゾイドコアからのエネルギーを伝達すれば、サーボモーターとして回転動力を生み出す。多くのゾイドの脚基部関節が、まさにこれである。また、それを軸からギアに伝達して増幅したりすれば、往復運動のみを取り出すことも可能である。尾部等に見られる仕組みである。
 他にも、自らトルクを生み出す巨大な「ネジ」として、装甲やバックパック等にとっては強弱自在の柔軟かつ堅固なロック機構として働かせることもある。このような機構の代表格として、アイアンコングの装甲及び大型ミサイルバックパックや、ゴジュラスガナー等に搭載されたロングレンジバスターキャノン基部等に採用されたCAPがある。

我が名はデスザウラー 4(完) [小説]

 海亀型輸送装甲艦タートルシップは、友軍、敵軍のゾイドを、残り僅かなウルトラザウルスやマッドサンダーは、避難民を収容した。
 戦争を仕掛けた相手である暗黒大陸の避難民を可能な限り救出したヘリック共和国軍は、観測データと弾道計算に基づいて、未だ降り注ぐ月の欠片を避けつつ、安全な退避場所を目がけて海を駆けていた。
 当然のことであるが、暗黒大陸上陸作戦は中止の指令が発された。キングゴジュラスに乗って首都チェピンへ向けて進軍していた、本部のヘリック2世大統領から直接に。首都包囲のため旧ブラッディゲートから上陸しようとしていた南方方面軍にも。

「デスザウラー・・・か」南方方面軍旗艦ウルトラザウルスの通信手アダムスは、収容した避難民に救難用非常食を配りつつ、その名の持つ意味を確かめるように噛みしめた。死の権化、と呼ばれたその名が、言葉が、構造(ゲシュタルト)崩壊を起こしているのを感じる。
 甲板にひしめく避難民が、毛布に包まっては、口々に呟いていたからだ。
「あのデスザウラー達がいなければ、助からなかった」
「わたしはデスザウラーを忘れない、絶対に、永遠に」
「デスザウラーは英雄よ。私達にとって」
「デスザウラーって言えば、ゼネバス帝国の忘れ形見。それが、まさか私たちを」
「デスザウラー、なんてことだ・・・神よ、なんてことだ・・・私は、なんてことを」
 この崩壊は、機体名が連呼されたためではない。自分達の観念の浅薄さに気付かされたために他ならない。
 アダムスは、避難民が語るその光景の記録映像を、甲板で、避難民や乗組員、艦長らと共に、繰り返し見合った。遠く洋上から、津波を乗り越える艦上から、必死に記録していた映像。伝えなければ、そう思った。
 映像は大きく揺れ、途切れ途切れではあった。だが、確かに捉えていた。敵軍たる共和国軍ではなく、仇敵とも言える暗黒軍でもなく、共通の敵として現れた大自然の、大宇宙の脅威に対して向けられた、幾多の閃光を。あの究極の破壊兵器、だったはずの、荷電粒子砲。幾度も幾度も、白い波を舐め、押し戻していた。それは、神が差し伸べた救いの光に見えた。死竜が、我々に、生きろ、と叫んでいる。そして、一体、また一体と力尽きていく。
 避難民達から、嗚咽が漏れた。
 デスザウラーに呼応するように、暗黒軍からも、共和国軍からも、無数のビームが津波に向けて放たれた。だが、その多くは焼け石に水(いや、逆か)。デスザウラーの荷電粒子砲こそが、大津波の危機に瀕していた自分達を救ったのは、間違いのない事実だった。

 避難民収容中に受けた中央大陸からの報によると、同様に津波に襲われた沿岸都市の多くは、海に攫われたという。旧ブラッディゲートで起きた救出劇は、奇跡と言っていい。その奇跡を起こした英雄は誰だ。自分達が死竜の名を冠して恐れたデスザウラーと、敵と見なした旧ゼネバス人のパイロット達ではなかったか。手前勝手に、蔑み、侮辱し、唾を吐いた相手では。
 お互い様なのかもしれないが、それが何の慰めになろう。彼らは、やり遂げてしまったのだから。自らの愚を正すことを。では私たちは? 尋ねるまでもない。今更、気付いても遅い。時は巻き戻らない。自分がやり遂げるのは、これからになるだろう。
 今後数十年、惑星Ziは復興に明け暮れることになるだろう。退避中、ウルトラザウルスの首からは、海岸線がよく見えた。旧ブラッディゲート、メイズマーシ周辺は、津波の被害を最小限に留め、水浸しにはなっていたものの、生存者も多かった。それは英雄の為した業だ。中央大陸にはそんな英雄が、いたのだろうか。いてほしい。いなかったのなら、こうはいかないだろうから。
 戦争継続能力を失い、経済を失い、家族を失ったのは、彗星接近の危険を訴えていた天文学者の忠告よりも戦争を優先した者達への報いと言えた。それを信じた自分達が恥ずかしい。しかしアダムスには、挙国一致プロパガンダを行った政府を責める市民の姿が、それに乗っかる政治家達の論説が容易に想像できた。帰国した後のヘリック2世大統領は、針の筵だろう。もしかすると、自分が記録した映像も、どさくさに紛れて消されてしまうのかもしれない。
 もしそうなら、なんとまあ、馬鹿馬鹿しいことだ。アダムスはハハと自嘲した。
 荷電粒子砲が蒸発させた海水は、厚い雲となり、雨を降らせ、悔し涙を洗い流してくれた。
 歴史の愚かさは、終わってみなければわからない。終わった後の先人の過ちを、後の世の者が笑うのは不公平だ。だから自分は、現役として笑ってやる。今の自分達を。
「死んだ死竜を尊敬しよう。皮肉じゃなくてね」アダムスは頷いた。
「いい敵兵は死んだ敵兵だけ、って意味じゃないよな」甲板手のカニンガムが、フットボールで鍛えた圧力で睨む。事と次第によっては黙っちゃいないと。もちろん違う。
「文字通りの意味だよ。僕たちは愚かだから」
 かつては憎しみを込めて呼んだ名を、今は、英雄の名として語る。思えば、何と勝手な言い分だ。だが、そうせずには居られない。そうしないのならば、自分は真の愚か者だ。
 どうかこの愚かさも、海の底に消し去ってくれ。アダムスは願った。
 雨はただ、生き残った者の体を優しく洗い流した。


 アダムスは、後にヘリック共和国を出、本名アルバーノ・アッダームスに戻った。彼は、退役後に撮られたドキュメンタリーフィルムで、自ら撮影し、戦後必死に守った映像を公開した。そして最後に、こう語った。

「偏見と間違った信念に囚われた私達に、世界を良くすることができると思いますか。
 いや、できなければいけない。
 今こそ、手を取り合って、認め合わなければいけない。
 全てが、そこにあっていいのだと。
 全てに、そこにいてほしいのだと。
 互いに、求め合えるように。」

「何と言えばいいかって?
 そんなもの、決まってる。
 Caro amico!(親愛なる友よ!)」

 其の名は、デスザウラー。
 彼の名は、大異変の目撃者にとって、友愛を意味する。

(完)


※イタリア語で、英語のDearを表すcaroは男性形。caraは女性形。





城玄太様の短編「惑星大異変」を基にしています。
未読の方はこちらからどうぞ

我が名はデスザウラー 3 [小説]

 我が名はデスザウラー。破壊の魔龍、死の権化。

 だが、我にも死が迫っていた。水平線の彼方から。
 水平線が白い筋に変わっている。波が高く立ち上がっているらしい。十分ほど前、沖に落ちた巨岩があった。察するに、それで海がせり上がったのだ。
 あの高波は命を持たぬ。落ちてきた空と同じく。
 海は命ではない。月も空も。
 だったらあの大波は、死だ。
 海は死だ。月は死だ。落ちてきた星も死だ。この宇宙は死そのものだ。
 命とは、我であり、レオンであり、小さき同胞であり、黒いちびすけでありーーー。
 我々は、無慈悲で、気紛れで、絶望的な死の上で、生きようともがく者であった。
 だからあの波は、恐ろしいものだ。大地を飲み込み、我らを押し流し、死の底へ連れていくだろう。

 レオン。レオン。恐ろしい。
 カーラと呼んでくれ。レオン。
 我もお前を呼びたい。
 レオンはもういない。
 我を呼ぶ声は、もうない。
 我が名はカーラ。
 いや、我を呼ぶ声が無くなったのなら最早、我はカーラではない。
 我はもういない。
 絶望の中、明瞭にそこにあるのは孤独だけ。
 
 大波が迫りくる。
 レオンを、我を飲み込もうと。
 来るな。大波め。我は死竜ぞ。
 同族の一体が、波に向けて「死の雄叫び」を放つ。
 そうか、よし。我も。
 我は残った力を振り絞った。
 我の背に穿たれた大穴が、星の大気を吸い込む。赤気(オーロラ)が光の筋を成し、我の背へと集まる。集まった光の粒子が、我の唸りと共に膨大な力を蓄えてゆく。
 首筋から光の粒子が漏れ出すのを合図に、我は狂暴なる力線を死の雄叫びとともに放出した。
 閃光は海を割り、波を砕いた。波は激しい水柱となり、厚い霧のカーテンとなった。
 しかし、それはせり上がる海の端を霧散させたに過ぎなかった。大波は絶えることなく後から押し寄せる。雄叫びが消した波の一部もまた、埋め戻されていった。

 そのとき、声が聞こえた。
 黒き大地の民々が、涙に潤んだ目でこちらを見ているのがわかった。母に抱かれた、人間の少女が、叫ぶ。
「がんばれ!」と聞こえる。 
「がんばれ!デスザウラー!」
「デスザウラー!」
 今、呼んだのか。我らを呼んだか。
「デスザウラー!」
「デスザウラー!」
 我は立ち上がった。
 レオン。おおレオンよ。
 我はお前たちの言葉を正しくは判らぬ。
 だが、その声は、お前が我を呼ぶ「カーラ」の名と、似た響きに感じられた。
 恐怖でなく、邪気でなく、敵意でない。
 我を慕い、我を求め、求め、求め、我をただ求めている。
 ああ、そうだ。
 我らは、求められて生きている。
 赤い大地の同胞達も、レオンも、我も。
 そこにいていいのだと。
 そこにいてほしいのだと。
 それは、何と言ったかな、レオン。人間の言葉で。
 何だか、ふわふわとした、捉え処のない言葉だったから、覚えておらぬのだ。思い出せぬのだ。
 だが、お前は、故郷の赤い大地に、エレナ王女に、エルマに、その言葉を使っていたな。
 そして私にも。
 レオンよ。何だったかな。
 レオンよ。
 我は海を押し戻すため、幾度も幾度も、レオンの名を咆哮した。

 求めに応じ、海辺に倒れ伏す同族達が、立ち上がっては「死の雄叫び」を放った。そして、放っては頽れ、またにじり立った。
 高波は、消えては押し寄せ、押し寄せては消えた。
 それがいつまで続いたのかは知らぬ。
 力尽きていく同族が二度と起き上がらなくなるたび、大地に迫る波が押し戻されるたび、これでよいのだとわかった。
 死の竜の一族は、その最期を生ある者へと貢ぐ。
 人間よ。帰れ、家に。お前たちの在るべき場所に。
 我が名は、カーラ。
 我が名はデスザウラー。

 その時、我らは、「死」ではなくなった。

我が名はデスザウラー 2 [小説]

 レワン、レワンよ。しっかりせい。
 レインだったか?まあどちらでもよい。
 我は、額の席で伸びている男を、頭を揺すって起こそうとした。
 我が倒れた衝撃で意識を失っていた。腹にいたひげ面は押し黙ったままだ。多分死んだ。倒れた拍子に。潰れて。

 陸に上がろうとした膨大な敵の軍勢は、此方の砲火で屍の丘を築きつつも、徐々に押し寄せた。天馬や大鷲の加勢を得ると、ついに陸へ雪崩れ込んだ。
 それはまあいい。問題はその後だ。

 空が落ちたのだ。

 灼熱の塊が雲を焼きながら、茜色の煙を幾筋も曳いて、天空を横切っていった。無数の爪を持つ、大地よりも大きな魔物が、天の幕を引き裂いたように見えた。
 突然降ってきた災厄に、敵も味方も、狼狽えた。戦火は突如として止んだ。しかし大地は静まりはしなかった。
 巨大な岩塊が、砲弾のような速度で付近に落下していった。
 轟音、爆風、溶ける大地。衝撃に耐えられず我は倒れ伏したのだった。
 見たことのない光景だった。
 叫ぶ人間ども。身悶える機械獣ども。血の赤など炎の朱に染まった大地には、滲みもせず焦げて消え去る。死を撒き散らす我の雄叫びでさえ、斯くも凄まじい地獄は成さぬ。 

「戦争だってのに、こんな・・・いや逆か。こんな時に、戦争なんてやってる場合じゃない」レアンが目を覚ました。苦し気に呻く声からするに、どこか痛めたらしい。「ニフル湿原の方に、難民が来ていたはずだ。行ってやろう」
 レワンは近くで起き上がろうとする同族達に合図を出した。
 生き残っている何体かのデスザウラーが、それに応じた。
 その時、黒いちびすけが一匹、立ち塞がった。
「止まり給え、デスザウラー隊諸君」
 ちびすけに乗る、黒い大地の民が言う。
「私はストリギン特務大尉である。君達の機体に同乗していた同志から応答がない。戦死したのだろう。私が代わって指示を出す。潰走する共和国軍を後背から叩け」
「ストリギン委員、言っていることの意味が分かっているのか」レインが、信じられないといった情けない声を出す。
「諸君の言いたいことはわかる。災害はどうにもならない。だが、敵兵はどうにかできるのだ。これを好機に変えよう。我々は戦争の真っ最中なのだ」
「こんな時でも任務を見失わない、貴方は立派なのかもな」
「皮肉か?」
 ちびすけの背中に光る二つの砲が唸った。
 生意気な、と睨んだ刹那、ちびすけは、空から落ちてきた岩塊にひとたまりもなく潰された。
 目の前で落ちた星の欠片が、猛烈な爆発を起こし、我らは再び吹き飛ばされた。

「カーラって名前さ、本当は、故郷に残してきた、幼馴染のことなんだ、って、言ったっけ?」
 倒れて動けなくなった我に向けて、苦しそうにレオンが語る。
 其奴の名は確か、エルマだかエルザだか、エルバだか。まあどちらでもよかったが、エレナとかいう王女の名と間違えたとき、お前がやけに怒ったから区別がついた。だが何の話だ。カーラは我の名であろうが。
「巻き髪(カール)のさ、強い娘でさ、ぼくが、逃げようと、すると、本気で、怒るんだよ、怖かったぁ」
 喉の奥から溢れる血を嚥下しながら、彼は息も絶え絶えに言葉を紡ぐ。焦点の合わぬ目で、画面に映る湿原の端、走り逃げようとする民の一群を見つめたまま。
「ぼくは、もう、還れない、でも、あいつらを帰すんだ、家に、家に」
 大きく息をつき、「エルマ、必ず」と漏らすと、彼の呼吸は止んだ。

 そうか、わかったぞレオン。お前は、此奴らを守ろうとしているのだな。
 自らの死を前に。
 赤き大地から我らを追いやった、黒き大地に縋って生きる此奴らを。お前の敵を。
 逃げ惑い、泣き叫び、生きんと欲す、か弱き人間どもを。
 守ろうと、レオン。ああレオン。レオンよ。
 お前の敵を。死から。
 死をも屠るかレオン。そうだ、お前の名はレオン。確かにレオンだった。
 真にお前は、我を駆るに相応しき男よ。

我が名はデスザウラー 1 [小説]

 我が名はデスザウラー。破壊の魔龍。死の権化。
 我が冷たき双眸に睨まれれば、どんな機獣も震え上がるであろう。
 居並ぶ同族の横顔の、何という風格。
 我らの雄叫びは「死の雄叫び」。
 迸る閃光と爆熱の奔流となって、あらゆるものを吹き飛ばすのである。

 鉄錆に彩られた赤き大地を離れ、凍てつく黒き大地に招かれて数年。
 否、あれは我の意志ではなかった。屈辱にも。
 我らの大地から何故か追いやられ、待ち詫びた春を、見知らぬ島で迎えることになったあの年。我らの土地を踏みにじったのだ。黒い頭でっかちの、毒々しい緑色を散りばめた小さき竜どもが。分不相応な武器を背負って。
 我は戦えた。あのちびすけどもをこてんぱんに熨してやるつもりであった。
 しかし、我らの主ーーー我らを生み出した小さな人間達が、言ったのだ。「まだその時ではない」と。
 その言葉を信じ、彼奴らを踏みにじり返す日を待った。この住み慣れぬ黒い大地で。

 だがそれは今日でもないらしい。
 同族と共に黒い大地の中心であろう大きな街を出、南に下ると、海の見渡せる崖に出た。
 血の匂いのする(ブラッディ)、街に至る門(ゲート)であった場所。なのだそうだ。
 ここ数年、空が異常だったせいだろう。険しい海岸を成していたであろう岩々は、崩れ落ち、無数の島になっていた。
 海を見渡すと、水平線の向こうから押し寄せる機械獣どもがあった。
 巨大な亀は見たこともなかったが、三本角には見覚えがある。
 我の雄叫びを、小賢しくも吸い取ってしまう忌々しい盾。哀れにも、その盾で首筋を固く守って縮こまる、「雷神」の名を冠した地を這う臆病者だ。
 生意気にも、海を渡ってまた我に挑んできたか。此度の相手は彼奴ら。
 黒いちびすけとの一戦はお預けだが、まあいい、望むところであった。
 しかし、なんともはや情けないことだ。その黒いちびすけどもは、我らの後ろで怖気づいている。本来なら、我らの前で壁となり盾となるところであろうに。
 その点、赤い大地で戦場を共にした、かつての同胞らは勇猛であった。我ら「死の竜」は、赤い蛇の旗のもと、彼らと共にあった。人間ほどではないが、小さな機械獣。大地の色と同じ赤、力みなぎる黒鉄と、油滴る白銀に塗られた彼ら。我らが仲間と呼んでやってもよい、同じ大地を支配した彼ら。
 名は何と言ったか。
 ああ、よく覚えておらぬ。
 芋虫、矮竜、五本角、甲虫、鳥、魚、背鰭。懐かしい。また、彼らを率いて戦いたいものだ。
「カーラ、気が逸っているのかい」
 我の額で、そこに設えられた椅子に座った人間が言う。此奴の名は、そう、レインだかレアンだかレワンだか。
 そう、そのような。
 カーラとは、此奴が我を呼ぶ名。「荒れ狂うもの」という意らしい。如何にも我らしい名である。気に入っている。
「落ち着いて。暗黒大陸を守るのは本意じゃないよな。でもエレナ様も頑張っておられる。必ず生き延びよう」
「レオン少尉、今何か言ったか」
「いいえ別に。ミハイル政治指導官殿」
 我が腹の座席に居座る髭の人間。此奴は、黒い大地で生まれた者だ。レインの見張り役らしい。
 人間は人間で、難儀をしているのだなと思う。よくはわからぬが。
「しかしカーラ、今日は随分多いね。空が何度も光っている」
 レアンが空を仰いだ。
 そう、今日も星が降っている。昼間だというのに。ここのところ、毎日そうだ。
 流れ星が一つはじけるたび、重い音がする。人間には聞き取れぬであろう、ごく低く重く、雲と海と大地を震わす音。
 機械獣相手ならば、我は怖気ることなどない。だが、あの星の爆発には、言い知れぬ不吉さを覚えるのだ。あの音が天を埋め尽くしてしまうのではないかと。もしかしたら、あの空が落ちてくるのではないかと。
 そしてそれは、現実となった。

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